2020年06月17日

休業手当一考 3

 「休業手当一考 1」で見たように、4月の休業手当は126,000円である。3月までの手取りの半分ほどになっている。手取りは7万円というから、30万円から実に77%も下がっている。
 次にこの過程を試算してみる。

 社会保険料のうち厚年と健保の保険料額は毎年4〜6月の報酬額を基に9月に決定され(定時決定)、8月まで変わらない。3ヶ月間の変動幅が一定以上の場合は9月前でも改定されることがある(随時改定)が、4月のみではこの対象にならない。厚年は27,450円、健保14,820円で変わらない。雇用保険料は3/1000の率でその都度決まるので、126,000の3/1000=378円。計42,648円。これは126,000のの約33.8%を占める。もともとの負担率は約14.4%(43,170/300,000)だった。社会保険料控除後の額は83,352円。
  所得税は給与所得の源泉徴収税額表(月額表)から、88,000未満は0円。住民税は1年間変わらないので前と同じ約9,725円。
 手取額は126,000ー42,648ー9,725=73,627円。Aさんと概ね合う数字となった。額面に対する比率は約58%。

 「休業手当一考 1」で見たように、休業手当には最低保障というものがある。労基法12条1項の但書の部分である。「ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。」となっている。
 これによると、日給制、時間給制または出来高払制その他の請負制の場合は、分母が3ヶ月間の【労働日数】と変わる。これは、日給制、時給制又は出来高払制その他の請負制の場合で労働日数が少ない労働者については、賃金の総額を暦日数で除したときには平均賃金が著しく低くなるおそれがあるので賃金の総額をその期間中の労働日数で除した金額の100分の60 を最低保障する、などと説明される。

 Aさんが全額時給制で、8時間労働で時給1,000円の人とすると、平均賃金は労働日数を分母とするので、土日祝日が休みの場合の労働日数は1月=19日、2月=18日、3月=21日、計58日となるが、分母が労働日数となっているので、こうした日数の足算は不要となり、平均賃金は、1日8時間×時給1,000円=1日8,000円となり、休業手当はその6割ので4,800円、4月の休業手当対象日数が21日とすると、休業手当は4,800円の21日分の100,800円となる。

 4月の本来の賃金額は8,000円の21日分の168,000円。休業がなければ、計算過程は省略するが、手取りは約138,000円となった。額面に対して約82%。
 全額休業手当となるとその額は100,800円、この場合の手取りは約74,000円、額面に対して約73%。本来の168,000円に対しては約44%。
 「休業手当一考 2」で見たように、Aさんは本来30万円で、手取りは241.965円。額面に対して約81%。これが休業手当126,000円になると手取り73,627円、約58%に下がるが、元々の30万円と比較すると、約24.5%になる。

 月給30万円と時給1,000円1日8時間の人とで、共にこの4月が全休となり、全額休業手当を支給されると、手取りはほぼ同額と言う結果となった。時給の場合は労基法12条1項の但書が効いている、といえようか。

 休業手当は6割というが、手取りはこんない低い、この格差感は、6割という一語が流布しているためで、大きな誤解を生んでいるのではなかろうか。
 休業手当計算のもとになる平均賃金は暦日が分母だが支給は労働日数分、社会保険料の大きな部分である厚年と健保は前のまま、住民税も変わらない、これらで6割をはるかに下回るのである。

 日経6/13(土)の16面には、「住民税 負担感ずしり 収入源なら猶予申請を」という記事があ理、新型コロナに対応した住民税の猶予制度があり、認められると原則1年間徴収猶予、延滞金なし、という記載がある。こうした制度を利用するのも一法である。ただし、いずれ払わねばならないことを忘れてはならない。

 なお、休業手当の6割支給というのは最低額であり、これより高い比率で支給する会社もあるであろうし、年休や特別休暇で減額のない方法をとっているところもあるようだ。
 休業手当を10割支給されたら手取りはどうなるのであろうか。概算だが、約155,400円、額面210,000円に対し74%となった。30万円あったときの約242.000円と比べると、約87,000円の減である。

 休業手当が6割出るからと当てにしてはいけない、ということだ。休業手当はあくまで保険と考えた方が良い。貯金という備えが必要なのだ。
 自分の城は自分で守れ(石田退三)と相当昔に聞いたことがあるが、個人は緊急時に備えて地道にコツコツと貯金を少しずつでも増やすように心がけるのが確かな対策である。

 最近あるところで話す機会があり、時間を超過して大変な迷惑をかけてしまったが、毎月の給料をもらったら、まず必要な分(家賃、予想される光熱費、ローンがあればその額、など決まって出ていく分と、貯金額)を分けておき、残りで生活する、こうしないと貯金はできないしローン返済もできない。給料が出たら先に生活費に使っていき、残りでローンや貯金に回す、そんなことをしていたらまず足りなくなる、延滞してしまうだろうし、貯金もできない、こんなことを話した。これは家計を安定させる基本中の基本である。
 相当前に、ある方から、給料をもらったらまず家賃と米、味噌代は分けておく、そうすれば大丈夫だ、と聞いたことがある。昔の方なので、米や味噌ということだが、今に通じる話だった。上の話は、配布されたテキストの書いてあることを膨らませたもので、内容は昔聞いた話と同じである。

 こうした堅実なやり方が、地道だが確実な家計を、そして家庭を守る常道である。  


Posted by 青山拓水 at 14:54Comments(0)労働基準

2020年06月12日

休業手当一考 2

 先の朝日の記事には、「・・・給与明細に書かれた休業手当の額は、毎月の賃金の4割弱にあたる12万円強。そこから社会保険料が引かれており、手取りは7万円程度・・・」とある。
 休業手当は賃金である。賃金支払いの五原則の規定(労基法24条)が適用となり、休業手当の属する賃金算定期間に定められた支払日に支払われなければならない(昭和25.4.6基収207)。

 そこで、12万6千円に対する源泉徴収額を計算することとなるが、その前に、給料30万円に対する源泉徴収額を計算しておきたい。
 ここでは、朝日の記事の方を仮にAさんとし、Aさんは「愛知県豊川市に在住し扶養家族1人」として算定を進める。

 社会保険料のうち、厚生年金保険料と健康保険料は愛知県に適用される保険料額表(*1)から、厚年は27,450円、健保14,820円(40歳未満の場合、以下同)となる。雇用保険料は900円。計43,170円。社会保険料控除後の額は256,830円。
 所得税は給与所得の源泉徴収税額表(月額表、*2)から、256,830円に対する扶養1人の場合の額は5,140円、住民税は豊川市の計算例(*3)により年額から月割額を算出し、約9,725円、計14,865円。
 手取額(可処分所得額とも言われる)は300,000ー43130ー14865=241.965円。額面に対して約80%。

 これが休業手当に変わると、Aさんの手取りは7万円という。なんという落差。
 次(休業手当一考 3)では、これを試算してみる。

 なお、いざという時に備えて貯蓄をしておきたいところだが、その額の目安は、給料の3ヶ月分、6ヶ月分、できれば1年分と、人によって対応は様々であろう。仮に6ヶ月分の180万円があったとすると、実際の手取り7万円と通常の手取り24万円との差額が17万円となり、約10カ月間は持ちこたえることができる、という計算である。この間に何とか対策を講じる、そういう時間が確保できることにもなる。
 180万円貯めるのにどのくらいかかるか。毎月2万円、賞与から6万で年36万円貯めると、5年で180万円となる。なかなか大変だが、こういう緊急予備資金は自分保険として真っ先に用意しておきたいものである。
 また7万円しかない、ということなら、休業手当は不足分の一部にしかならない額であり、これをあてにしていてはいけない、ということである。生活費の一部にしかならない。これを前提にすると、やはり貯蓄で備えるのが最も有効だ。

*1 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/r2/ippan/r2030123aichi.pdf
*2 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/zeigakuhyo2019/data/01-07.pdf
*3 https://www.city.toyokawa.lg.jp/kurashi/zei/kozinshikenminzei/keisan.html  


Posted by 青山拓水 at 22:46Comments(0)労働基準

2020年06月02日

休業手当一考 1

 車の平均速度は走行距離/走行時間ではなく、分母は「走行時間+購入費のための労働時間+保険料・維持費・ガソリン代のための労働時間・・・」とすべきであり、ある計算によると歩く速度とさほど変わらない(6キロ)という(「Think clearly」75ページ)
 時間あたりの賃金も同様に考えると、かなり低くなりそうだ。
 だが、朝日新聞のネット版で見た「休業手当、少なくてあぜん 会社は「合法だ」のナゼ」という記事(※1)を見ると、こんな風に考える余裕もなくなる。

 政府はコロナ対策で矢継ぎ早に政策を出していて、今国会で関連法が成立して「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金」が決まると、中小企業の雇用保険被保険者に対し、休業前賃金の80%(月額上限33万円)を休業実績に応じて支給することになるようだが、まだ少し先のことでもあり、この話は一先ず措く。この記事はこれが出る前のものである。
  会員登録していないので全部は読めないので、無料登録しようとしたら住所記入欄が出てきて、購読勧誘を受けても面倒なので登録は見送った。読める範囲は限られているが、6割支給されない状況は伝わってくる。

 コロナで休業が広がるにつれ、「労働基準法により会社は平均賃金の6割以上の休業手当を支払う義務がある」ということをよく見聞きするようになった。労働基準法26条も有名になっただろうか。同条には、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と定められている。これに違反すると「三十万円以下の罰金」(同法120条)である。
 だが、コロナで会社が休みになっても給料の6割は払ってもらえる、ということにはならないようだ。先の朝日の記事には、「・・・給与明細に書かれた休業手当の額は、毎月の賃金の4割弱にあたる12万円強。そこから社会保険料が引かれており、手取りは7万円程度・・・」とある。
 
 記事にある「休業手当の額は、毎月の賃金の4割」から、元々の額は約30万円と推計されるが、その6割なら18万円となるはずなのに、会社は「合法」としている。
 
 平均賃金は過去3ヶ月間の日数を分母に、その間の賃金総額を分子にして、いわば賃金の平均日額に当たる額である(※2)。
 例えば、4月が全休で平均賃金算定期間が1〜3月だったとすると、その間の総日数は31+29+31=91、仮にこの間の賃金総額が91万円なら、平均賃金は1万円、その6割は6千円となる。完全週給2日制で祝日も休みの会社だと、4月の労働日は21日となり、したがって21日分の休業手当は21×6=12万6千円となり(会社の休日は休業手当支給の対象にはならない ※3)、朝日の記事とほぼ符合する数値が得られる。
 30万円に対する12万6千円は、60%×21/30 =42%からも得られる。
 
 記事にある「毎月の賃金の4割弱にあたる12万円強」のところは解明されたと思う。次に「こから社会保険料が引かれており、手取りは7万円程度」のところを考えてみたい。

※1 https://www.asahi.com/articles/ASN5N7HDPN5LULFA009.html

※2 労基法12条12条1項「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし・・・」(ただし・・・」は最低保障の規定であるが、とりあえず、ここは飛ばして後の「休業手当一考 3」で考えてみる。)

※3 会社の休日は使用者の責に帰すべき事由(※4)による休業日ではなく、休業手当の対象にはならない。また、ここでいう「休業」は労働者が働くことができる(例えばコロナに感染もしていないし健康である、働く意欲もある)のに働けない状態を指すが、会社の休日は労働義務のある日ではなく、働こうと思えば働ける日でもない。古い通達だが、「・・・労働協約、就業規則または労働契約により休日と定められている日については、休業手当を支給する義務は生じない」とするものがある(昭24.3.22基収4077)。

※4 労基法26条と民法536条2項との関係については、古い解釈例規で、「本条は・・・債権者の責に帰すべき事由に因って債務を履行することができない場合は、債務者は反対給付を受ける権利を失わないとする民法536条の規定より不利であると考えるが如何」という問いに対し、「本条は民法の一般原則が労働者の最低生活保障について不充分である事実に鑑み、強行法規で平均賃金の百分の六十までを保障せんとする趣旨の規定であって、民法五百三十六条第二項の規定を排除するものではないから、民法の規定に比して不利ではない」とする昭和22・12・15 基発502号がある(労働基準法解釈総覧 平成3年5月20日 236頁)。なお、解説書では、「民法により保障された賃金請求権のうち平均賃金の6割にあたる部分の支払を罰則によって確保したにとどまらず、使用者の帰責事由をも拡大した。・・・」(菅野「労働法」第10版308頁)、「民法536条2項と労基法26条との関係について、判例は、前者は民法上の一般的な過失責任主義に立つものであるのに対し、後者は労働者の生活保障のために使用者の帰責事由をより広い範囲で認めた・・・」(水町「労働法」第2版236頁)、などと記されている。平成22年版労働基準法 上 365〜367ページには、より詳しい記載がある。  


Posted by 青山拓水 at 18:50Comments(0)労働基準

ロゴ

新規登録 | ログイン | ヘルプ
 [PR] 【みんなで投稿!】飲食店さん応援ブログ